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大和町観光かるた
 し
宿老 但木 土佐の信
・説明:1817−1869年 享年53歳 伊達家着座 宿老 黒川吉岡邑主
 仙台藩主伊達慶邦の時代。幕末維新の仙台藩首席家老として活躍した。吉岡千五百石の領主。
幕末期の仙台藩の奉行を務めた。戊辰の危機に当たり奉行に挙げられ、国政を執行し、軍事を総官した。
 戊辰戦争で敗北し、その責任をとわれて明治2年東京で処刑された。
 封建時代最後の犠牲者である。
 大和町吉田保福寺に招魂碑、辞世の扇子も残されている。
但木 土佐の信(ただき とさのしん)/但木成行(ただきなりゆき)
大和町吉岡の大堀公園・吉岡城跡
吉岡城1616年の隅櫓があったとされる場所
現在の「吉岡」という地名はこの吉岡城が由来

但木土佐の領地、堀は但木が水練場として整備した





鎌倉山
・説明:1842年(天保13年)で干支は壬寅。 m木成行は、この碑のある七ツ森のふもとの黒川吉岡の領主で、仙台藩の奉行を勤めた。 
南妙法連華経