| 秋保郷土かるた | |
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| 民選の 岡崎栄松 初市長 | |
| 岡崎 栄松 ・説明:明治15年12月22日岡崎栄作の二男として長袋村町南に生まれる。 宮城師範学校より日本大学に進み、同42年卒業後、丸森小学校訓導・岩出山小学校・桃生郡視学を経て大正五年県視学となった。 転じて同8年より官界に入り、横浜市役所を振り出しに、東京都社会局保護課長・同福利課長・監査課長・下谷区長・大森区長・電灯部長を歴任した。 その間昭和2年には財団法人日本栄養協会を組織している。 昭和十八年郷里に帰って宮城県商工経済会理事長に就任、次いで昭和二十一年六月公選による初の仙台市長に選ばれた。 たまたま仙台は空襲によって一望廃墟とかしていたが、氏は四期に亘るその在職中再建・復興に全身の心血を注いで、 仙台市の特色を保持しながらも東北の首都としての近代都市の基礎を確立した。 また実現こそしなかったものの、昭和29年には、大仙台市建設構想をたてて世の注目を浴びた。 この間東北七県市長会会長・全国市長会副会長等の要職を兼任した。 昭和35年4月28日逝去、享年77歳。長袋戸崎の岡崎牧場には、 生前氏が用いていた書斎がある。 氏は、たもとから本を離さず、 また有識者と接触して常に新しい知識の吸収に努め、したがってその考えには柔軟性があった。 下谷で区長をしていた時には、多くの芸術家と交わり、私財を投げうってその育成に努めた。 また晩年は宮城教育大学の創設にも尽力し、開校記念として石灯篭の寄贈を受けている。 |
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