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宮城県の新観光街道
宮城おとぎ街道 白石市



みやぎおとぎ街道パンフレットを改造しています。


馬牛沼
・場所:宮城県白石市斎川
・説明:9世紀の初め頃、征夷大将軍坂上田村麻呂の馬がこの沼に落ちて死んだので「馬入沼」としたことが書いてあり、このほかに、沼の中の弧(こ)洲が馬に似ているので「馬形沼」とした、また、この沼に馬首牛身の異獣が泳ぎ回っていたので「馬牛沼」と名付けたなどの謂れのあることが書かれている。
 馬牛沼では明治30年ごろから鯉の養殖が盛んで、晩秋に行われる「沼乾し(水を抜く)」の行事は秋の風物詩となっている。
 馬牛沼コイ祭り(10月第3日曜日)
 馬牛沼は周囲は2300m程で、冬になると200羽ほどの白鳥がこの沼に飛来する。白鳥に餌を与えることができる。

 盛岡藩八代藩主南部利視の命を受けて、同藩士清水秋全が宝暦元年(1751年)に著作した「奥州道中 増補行程記」に、この沼のことが次のように書かれている。
「白鳥多ク集沼ト承候。この沼よりじゅんさいと申草名物出候由。ところてんの如クにてさし身などによろしく候よし。」




馬牛沼の鯉供養碑と万牛山 
 写真左の手前の山が、曽良日記で「万ギ山」と書かれた万牛山(まんぎやま)。高さが430mほどの小丘。
 地元では楯山と呼ばれている。





斎川

下紐の石
・場所:越路 福島との県境
・説明:用明天皇(聖徳太子の父)の皇妃玉世姫がこの石の上でお産の紐を解かれたという伝説が、乳神様と共に伝わっている。藩政時代には路傍にあって「石大仏」と呼ばれていた。



 鬼ずるす石
・場所:宮城県白石市越河国道 4号線県境沿い
・説明:用明天皇(聖徳太子の父)の皇妃玉世姫がこの石の上でお産の紐を解かれたという伝説が、乳神様と共に伝わっている。藩政時代には路傍にあって「石大仏」と呼ばれていた。






斎川宿
・場所:白石市斎川
・説明:江戸から五十七番目の宿




田村神社
・場所:宮城県白石市斎川字坊ノ入54
・説明:坂上田村麻呂を祀る
 九世紀の始め、坂上田村麻呂の東征の際、この地の斎川で斎戒沐浴した後、鈴鹿明神の助力を得、村人を苦しめていた悪路王、赤頭、青頭などの鬼形のモノたちを退治した。
 その徳を慕って、後に村人達が建てたのが、田村神社の始まりだという。






 甲冑堂
・場所:宮城県白石市斎川字坊ノ入54
・説明:源義経の家臣、佐藤継信、忠信兄弟の妻女である楓と初音が、亡夫の甲冑を身につけ老母を慰めたという「甲冑堂物語」が伝え奉られている。
 芭蕉と曽良が元禄2年(1689年)5月3日に拝観した甲冑堂は、明治8年(1875年)の6月に放火で神社とともに焼失しました。現在の甲冑堂は昭和14年(1939年)12月3日に再建されたものです。
 現在、継信と忠信の妻の甲冑像は、ここと、飯坂の医王寺の2ケ所にありますが、芭蕉が来た時は、ここだけにありました。





斎川 検断屋敷跡



孫太郎虫 資料館
 神社のうしろには、孫太郎敵討で名高い斎川名産孫太郎虫供養碑が建っています。


斎川道祖神社



神社の軒下にある削り取られた道祖神