宮城十二景図
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宮城十二景図は、仙台の四大画家の一人といわれた菅井梅関によって描かれたもので、仙台領内の名所旧蹟の中から、宮城の十二景を選び、その一景々々を独特な筆致によって描き、関連する古歌を添えたもので、有名な歌枕の地が十二景図になっています。
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菅井 梅関(すがい ばいかん)
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・説明:1785−1844年 59歳没 仙台市太白区四郎丸字渡戸に生まれる。
家業の茶屋を弟に任せ、来仙中の画家・根本常南に師事し、南画家への道を踏み出す。
仙台時代の作品は、南山に従って松島に遊んだ際に描いた「御島」の景観画
代表的な作品は群馬県・雙林寺所蔵の「涅槃図」。
京都時代の作品は、1813年、梅関三十歳の時の「高士観瀑図」
長崎時代の作品は、「三界居録」など
十年間長崎に滞在後、母の死、家業を継いだ弟の失明で帰郷
涌谷領主の伊達桂園に仕えるが、失明した弟家族を養う生活は苦しく、しかも大飢饉。
そこに追い打ちをかけたのが、桂園、南山、東洋の相次ぐ死去。
借金に苦しむ梅関は、還暦を迎えて間もない1844年62歳で自害
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| 一景 阿ふ久ま川(阿武隈川) |
| 明日と又 あふ年の川の しがらみに きのふの秋の 色やのこらむ |



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| 二景 名取川(仙台市・名取市) |
名取川 瀬々の埋もれ木 顕れば いかにせむとか あひ見そめけむ
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名取川昔から、みちのくを代表する景勝の川であり、埋木、鮎、鱒、鮭で知られる川であった。
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太白大橋から東を風景

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| 三景 榴が岡(仙台市) |
とりつなげ 玉田横野の 放れ駒 つつじの岡に あせみさく
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あせみ花さく:馬酔木(あせび)
宮城野はハギ、榴が岡はつつじで有名だが馬が中毒するアセビも多くあったようである。 |
馬が葉を食べると酔ったようになる
・花期:3月〜5月 ・場所:本州(宮城県〜関東・中部の太平洋側)、四国、九州 |
あせび


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| 四景 宮城野(仙台市) |
さまざまに こころぞとまる 宮ぎのの 花のいろいろ むしのこえごえ
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五景 木の下(仙台市)
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みさぶさひ みかさと申せ 宮城野の 木ノ下露は 雨にまされり
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木ノ下は昼なお暗い松林で、雨が降っているように露が落ちてくる。どうぞ笠をおめし下さい。
この林を抜けると、目の前に宮城野原が広がり、道は多賀城の国府へ続いている。 |
陸奥国分寺 薬師堂

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| 六景 十符の浦(利府町) |
| みちのくの十符のすかこも七符には きみをねかせてわれ三符にねむ |
みちのくの 十符の菅薦 七編には 君を寝させて 三編に我が寝む
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| 七景 末の松山(多賀城市) |
君か代と すえの松山 ほのほのと こす志ら浪の かずもしられん
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八景 沖の石(多賀城市)
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おきのゐで 身をやくよりも かなしさは 宮こしまべの わかれなりけり
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| ・場所:多賀城市八幡2-19 Yahoo地図 |

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| 九景 野田玉川(塩釜市・多賀城市) |
| ゆふされは汐風こしてみちのくの 野田の玉川千鳥なくなり |



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| 十景 千賀浦(塩釜市) |
| みちのくはいつくはあれど志ほかまの うらこぐ舟のつなでかなしも |
志波彦神社前からの眺め


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十一景 松島(松島町)
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松島や 磯かくれぬる あし田鶴の をのがさまさま 見えし千代かな
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西行戻しの松公園

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| 十二景 陸奥山(涌谷) |
| 天皇の 御代栄えむと 東なる 陸奥山に 黄金花咲く |
黄金山神社

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